#758 何をより誰が
- RE/MAX GOOD.

- 3 時間前
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今晩対応RE/MAX GOOD.の佐藤です。 「家づくり」と「SNSでの発信」。一見、全く別物のように思えるこの二つには、驚くほど共通する本質があります。
それは、表面上の「形」ではなく、その裏側にある「誰が、どんな想いでそれを扱っているか」という一点に集約されるということです。
SNS、特にX派の私は強く感じることがあります。
何を言うか(情報)よりも、誰が言うか(人)。
どんなに華やかな言葉や、数字を追った「勝ちパターン」の発信が並んでいても、そこに発信者の体温や誠実さが伴っていなければ、いつか必ずその化けの皮は剥がれてしまいます。
一時の数字を稼ぐための過激な言葉や、誰かを否定して自分を正当化するような投稿は、一見すると勢いがあるように見えます。でも、それは長くは続きません。読み手の心に不信感を残し、結局は自分自身の信頼を損なうという「不具合」となって返ってきます。
これは、私が20年間、現場で家を造り続けてきたからこそ確信できることでもあります。
家を建てる際、完成直後の建物はどこも綺麗に見えるものです。最新の設備、ピカピカの床、真新しい壁紙。けれど、数年、十数年と時が経ったとき、そこには残酷なまでの「差」が生まれます。
丁寧に、一筋縄ではいかない細部まで神経を研ぎ澄ませて造られた家は、古くなっても「嫌な傷み方」をしません。経年変化が、味わい深い「深み」へと変わっていく。一方で、見えない部分の手を抜き、効率だけを求めた雑な仕事は、数年後に建具のガタつき、クロスの浮き、水回りの不調といった「細かい不具合」として一気に噴き出してきます。
リフォーム前の中古住宅を数多く見てくると、その違いは一目瞭然です。
壁を剥がし、床下を覗けば、当時の職人が何を大切にしていたのか、あるいは何を切り捨てたのかが、雄弁に語りかけてくるのです。
大切なのは、何を建てるかより、誰が造るか。
何を語るかより、誰が語るか。不器用であっても、手間を惜しまず、嘘のない言葉を積み重ねること。それが、10年後、20年後も「この人に頼んで良かった」と言っていただける、唯一の道だと信じています。
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